こんにちは、助産師Fujiちゃんです🤗
助産師として、毎日たくさんの方のお産に携わっています。私自身は6人の子どもがいて、経腟分娩も帝王切開も経験しました🤣
一人目はもう成人しているので、かなり昔の話になりますが——記憶を引っぱり出して書いてみました。おばちゃんの昔話だと思って読んでみてください❤️
🥚 妊娠が分かったのは、6ヶ月になってから
さかのぼること四半世紀前。
妊娠が発覚したのは、6ヶ月になってからでした😅
予定外の妊娠で、喜びよりも戸惑いと不安しかなかったのを覚えています。
22歳のFujiちゃんには、「産む」以外の選択肢はありませんでした😅
🤰 妊娠中は、何も知らないまま過ごしました
まだ助産師でもなく、特に子どもが欲しかったわけでもなく、成り行きで妊娠して。
でも未婚で産み育てるという発想もなくて、結婚しました。
妊娠経過は、いたって順調だったと思います。
切迫早産や妊娠高血圧、妊娠糖尿病といった大きなトラブルはありませんでした。
というよりそんな病気があることすら知らなかったので、何も考えずに過ごしていました。
あ、つわりはちょっとしんどかったです。2〜3回吐きました。
炊きたてのご飯のにおいが気持ち悪かったのを覚えています。……その程度です笑
体重は10kgくらい増えたかな🤔 身長152cmで、もともとぽっちゃりで55kgくらい。つわりで5kg減って、お産直前で65kgくらいでした。
お医者さんから「赤ちゃん3000g超えてそうだから、帝王切開になるかもよ」と脅された記憶があります笑
🩸 おしるしが出て、そのまま入院
40週5日、妊婦健診に行く日の朝。シャワーを浴びていたら、おしるしらしき出血が出ているのに気づきました。
健診でそのことを言うと——
「あ!おしるし出たの?なら入院ね!」
「え?入院するの?😳」
陣痛も破水もしていないのに、そのまま入院することになりました。
💊 陣痛を起こすところから
入院はしたものの、痛くもかゆくもありません。
お医者さんからは「とりあえず動け」と言われただけで、何の処置もせず1日が過ぎました。
(今考えると、あの1日は何やったんやろう🧐)
その日の夜だったか、次の日の朝だったか。陣痛を起こす飲み薬を飲まされた気がします。正直、詳しいことは覚えていません。四半世紀も前のことですから笑
で、いつの間にか点滴に変わって、だんだん陣痛が来ていたのでしょう。
午前10時過ぎには、痛みでのたうち回っていました。
陣痛……ヤバいっす。マジで痛いっす。絶望しかありませんでした😭
(このとき使われたのが陣痛促進剤です。なぜ使うのか、いまは説明する側になりました)
▶ 無痛分娩だと陣痛促進剤を使うの?現役助産師が理由と実際を正直に解説
💤 母親学級、寝てました
母親学級や両親学級では、たいていお産の話もありますよね。若かりしFujiちゃんも、ちゃんと参加しました。
したのですが……設定時間が悪い!昼からて!寝るに決まってるやん!
はい、何も覚えていません笑 いや、最初はちゃんと聞いてましたよ。物の準備の話とか、お産の流れとか。でもいつの間にか睡魔が……😴
今みたいに動画はおろか、ネットも普及していなかった時代。母親学級で聞く話が、唯一の情報源だったのに。
結局、何の知識も覚悟もないまま、お産に挑むことになりました。
😭 地獄の陣痛タイム
昼間は母が付き添ってくれていました。途中、夫もちょっとだけ来ていました。
こっちは痛みで苦しんでいるのに、二人で談笑しているのを、恨めしげに見ていたのを覚えています😡笑
母も腰をさすってくれていましたが、私の「いたい〜いたい〜」という声にイラッとしたのか、「私のときはもっと痛かった!」と、わけの分からない叱咤激励をしていました😅
陣痛が来るまでは「自分若いし、なんとかなるっしょ🤟」なんて、たかをくくっていました。でも——
いや〜、自分で言うのもなんですが、下手くそな産婦さんでしたね笑
きっと当時の助産師さんたちから、「◯号室のFujiさん、またナースコール来たで。あの子ぜんぜん呼吸できてないし、力入れすぎやねん〜」なんて言われてたんやろうな〜😅(被害妄想です笑)
いまの自分が、若かりしFujiちゃんに会ったら言いたいこと。
でも多分、実際に痛い目に遭ったからこそ、次に活かせたのだと思います。
👶 いよいよ出産
夕方になり、お産が進んできたからか、度重なるナースコールで看護師さんが痺れを切らしたからか、分娩室に移動することになりました。
分娩台に寝かされ、もうすぐお産かと思いきや——そこから2時間くらい(体感)放置。
なんでやねん〜💦 まだなん〜??
夜になってやっと先生が来て、のんびり「じゃあ、そろそろお産にしようか〜」。
ツルンと出てくるのかと思いきや、いきんでもいきんでも出てくる気配なし。
今なら「初産だとそんなもの」と知っていますが、当時は知る由もなく。
言われるがまま、陣痛のたびにすんごい顔👹をしていきんでいました。
🐸 ひとつだけ、忘れられない場面
朝から促進剤を使ってお産を進めていたわけですが、どれだけの量が入っているかなんて、知る由もありません。
お産の終盤、そこそこ年配の(若いFujiちゃんにはそう見えた)看護師さんが「もうちょっと薬の量、増やすね〜」と点滴を増やそうとしたので、
「え〜?? また〜??」と泣き言を言った瞬間——
「お母さんになる人が何言ってるの!」
ピシャリ。Fujiちゃん、ガーン😨
それからは何も言えなくなり、ひたすらいきんで、いきんで。最後に会陰切開をされて、夜の8時半ごろ、3282gの女の子を出産しました。
(会陰切開のことは、こちらに書いています)
▶ 無痛分娩で会陰切開は増える?現役助産師が正直に答えます
あれだけ長く感じた時間も、終わってみれば平均的な長さでした笑
🤱 産後、実はピンと来ていませんでした
生まれた直後は、正直——子どもが無事に生まれた安心感も、やっと会えた喜びも、何もありませんでした。
ただただ、やっと終わったという疲労感と解放感だけ。自分が子どもを産んだ、という実感もありませんでした。
翌日から授乳や育児が始まりましたが、子どもの顔を見てもイマイチぴんと来なかったです。
今思うに、予定外の妊娠・出産で、親になると頭では分かっていたつもりでも、気持ちがまだ母親になれていなかったのでしょう。
(もし今、同じように感じている方がいても、おかしなことではありません。私もそうでした😉)
🌸 最後に
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。ちょっとこわくなった方もいるでしょうか。
大丈夫です👍 私もハチャメチャな出産でしたが、なんだかんだ無事に生まれてくれました。最初はぴんと来なかった娘も、今ではもう立派な大人です。
どんなお産であっても、最終的にママも赤ちゃんも元気であればいいんです。
新しい命が誕生するその日を、楽しみに❤️
👉 妊娠中のことは、ほかにも記事を書いています。全部まとめたページはこちらです。
【妊娠中ガイド】つわり・体の変化・健診・お産のサイン|現役助産師がまとめました
この記事の感想やご意見は、コメントで聞かせてもらえるとうれしいです😊(個別の医療相談にはお答えできませんので、心配なことは必ずかかりつけの産院にご相談くださいね)


